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『軍艦島』2019年上陸再開後に行ってきた体験談・感想レビュー【ガイド:坂本道徳】

2019年6月。

シーマン商会の軍艦島クルーズツアーで、軍艦島に上陸してきました。

軍艦島は、2018年の台風のあと、しばらく上陸出来なくなっていましたが、2019年2月から、軍艦島ツアーを利用して上陸することができるようになっています。

ガイドをしてくれたのは、今現在、問題になっている徴用工問題で、2019年7月にジュネーブの国連欧州本部でシンポジウムでスピーチを予定している坂本道徳さんです。

坂本道徳さんは、軍艦島元島民で、『NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会』の 理事長を務めています。

軍艦島13

『軍艦島』2019年上陸再開後に行ってきた体験談・感想レビュー

軍艦島に上陸出来るのは年に100日?

「実は軍艦島への上陸というのは、「出来ればラッキー」という気持ちで参加することが必要です」

「軍艦島に上陸出来るのは、年に100日ほどと言われています」

と聞きましたがほんとに??

船は1日2便。午前便と午後便があるのですが、私が乗船した日の前日は、2便とも欠航。

乗船した当日も、午前便は出航したものの上陸出来なかったようで、無事に上陸出来た午後便に乗船していたのはラッキーでした。

しかし、よくよく調べてみると。

かなりの高確率で上陸出来るようです。

こちらはやまさ海運の運行率・上陸率です。

上陸率

月別で見ると、夏に上陸率が低くなっていますが、それでも半分以上は上陸出来ているようですね。

2018年の台風で閉鎖されていた軍艦島ですが、2019年現在は、再び上陸することが出来るようになっています。

軍艦島はどこにある?

通称 軍艦島と呼ばれていますが、正式には「端島」(はしま)という島です。

住所は「〒851-1315 長崎県長崎市高島町」となって、郵便番号もありますが、誰も住んでいない無人島です。

シーマン商会の軍艦島上陸クルーズツアー体験の感想・レビュー

シーマン商会の軍艦島上陸クルーズツアー乗り場

シーマン商会の軍艦島上陸クルーズルアーの乗り場は、他の船舶も停留している船着き場にあります。

住所では、「〒852-8004 長崎県長崎市丸尾町1 1番48号」です。

私が乗船した日は、港の中に、海外からの大型客船が停泊していました。

ホテル並みの大きな船です。

長崎には、中国からの大型船舶がよく停泊するそうです。

手前の船が、私達が乗船する「さるく号」です。

遠くにある大型客船の大きさ、伝わりますか?

ホテルのように大きいんです。

さるく号

乗り場前で、スタッフの方がお迎えしてくれます。

乗り場

乗船には注意点があります

誓約書を書きます。

誓約書

誓約書に書かれているのですが、禁止されていることの中で注意したいのは

  • 船舶内外、端島島内での飲酒
  • 喫煙行為

です。

飲酒をしてからの乗船も禁止となっていますが、その理由は、船内にアルコール臭がこもるため、ほかのお客さんの迷惑になるからだそうです。

船、後半でかなり揺れるので・・。

そして女性の場合は、ヒールの靴は避けた方が良いです

行きの船着き場での乗船は、穏やかな波の中で出来ます。

乗船

しかしです!

軍艦島に上陸する時と、帰りの船に乗船する時が問題なのです。

船が上下に大きく揺れている中を、タラップがタイミングよく落ちついた瞬間を見計らって乗船するのです。

また、軍艦島周辺で、船が停泊してくれて、デッキから島を見る時間があるのですが、デッキは、座席よりも揺れます!

ヒールは危険です。

軍艦島上陸クルーズツアーの感想・レビュー

船中

出航です!

船から、岸に見える他の世界遺産を眺めながらゆっくりと進みます。

 

船からの景色1 船からの景色2

思ったほどの揺れもなく、船がスピードをあげてすすんでいくと、軍艦島が見えてきます。

軍艦島1

しかし、そのまま上陸せずに、軍艦島の裏側にまわって軍艦島をぐるっと見せてくれるのです。

満席だったので、半分の人ずつ、船の上のデッキから軍艦島を撮影タイムです。

その間 船は停泊してくれます。

ゆっくりと撮影出来ます。

うれしいサービスですが・・・揺れます!!!

さっきまでの快適なクルーズから一変。

船酔いする人が続出・・。

この日は、とても波のおだやかな日だったそうです。

それでもこれくらい波が打ち寄せています。

軍艦島3

島の堤防を越えそうな波です。

 

軍艦島4

写真中央の白い塔は「灯台」です。

一番高台にあるのは三菱の社宅ですが、社員の中でも役職のある社員たちの住居です。

そのすぐそばにあるこの灯台が、島で一番高い建物です。

しかし、2018年の台風では、荒れ狂う波がこの灯台の高さを超えたそうです。

すっかり崩れ去ったコンクリートの建造物。

コンクリート片と化しています。

 

海に簡単に落ちてしまいそうなこんな穴もあります。

といっても、今現在、観光客が簡単に入ることが出来る場所ではないのでご安心を。

それでも、子供を連れて行くのはちょっと不安を感じます。

島と乗船する場所を結ぶのはこの橋です。

軍艦島11

高所恐怖症の人はちょっと怖いかも。

船が大きく上下に揺れる中を、タイミングを見ながら乗船します。

急に波が高くなったら、島に取り残されるのだろうか。

と、妄想してしまいました。

軍艦島12

島から見る海です。

軍艦島10

島を離れたところで、もう一度、デッキから写真を撮影する時間をもらえます。

希望者はデッキへ上がりますが、船酔い気味の人もいるので、デッキへ上がった人はごくわずかでした。

軍艦島の様子は、今までにもテレビで何度か見たことがありました。

上陸したら、あの住居跡を間近で見ることが出来るのかな?

と思っていたのですが、見学出来るのはほんの一部です。

実際に行ってみると、いつ壊れてもおかしくないような状態の建物です。

あの建物のそばへ行くなんて、ヘルメットをかぶっても、危険!

2014年のこちらのドローン映像と比べると、今の軍艦島はもっと崩壊が進んでいます。

ガイドは『NPO法人軍艦島を世界遺産にする会』理事長の坂本道徳さん

坂本道徳さんとは?

坂本道徳さん

坂本道徳(さかもと どうとく)さんは、父親が軍艦島の炭鉱で働き、家族で小学校6年生から高校3年生までの間、軍艦島に住んでいました。

1974年、軍艦島の炭鉱の閉山が決まり、島民たちは2ヶ月の短期間の間に順に島を出て行くこととなり、坂本さんも家族で島を去ることに。

その後、軍艦島は無人島となったわけです。

2001年、坂本さんたちのふるさとである軍艦島が産廃処理場になるとのうわさを聞いた坂本さんは、大切なふるさとを守るために動き出します。

2003年、NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会を発足。

2015年に端島が「明治日本の産業革命遺産」の構成遺産の一つとして世界文化遺産に登録するに至るまでに尽力されました。

2003年から現在もなお、NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会 理事長として活動をされています。

2015年5月から現在、長崎サンセットロードの会長 。

2005年2月から現在、九州伝承遺産ネットワーク会長。

などの活動もされながら、シーマン商会で、軍艦島クルーズツアーのガイドをされています。

軍艦島に上陸中、他の船のガイドさんのお話も少し聞こえたのですが、元島民である坂本さんのお話はちょっと違います。

当時のことが目に浮かぶようにリアルに、情感がこもったお話です。

クルーズが終わってから、坂本さんに、ブログ掲載のための写真をお願いすると、快く引き受けてくださいました。

 

今から5年前、小学生の同級生で故郷の軍艦島(端島)に里帰りもされたそうです。

「島へみんなで帰ろう」

坂本さんのこの呼びかけに、賛同した同級生は半数だったそうです。

その理由は「荒れた島を見るのが辛いから」と。

韓国の徴用工問題でジュネーブの国連欧州本部でシンポジウムをするのは坂本道徳さん

2019年、『軍艦島』は、韓国の徴用工問題で話題になっていますよね。

当時のことを伝えるために、坂本さんは、2019年6月末から、スイスのジュネーブへ行き、国連欧州本部でシンポジウムを開きます。

戦時中の徴用をめぐり、朝鮮半島出身者が長崎市の端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)で差別的な扱いを受けたと韓国側が主張している問題で、端島の元島民らが来月2日、ジュネーブの国連欧州本部でシンポジウムを開き、韓国側の主張に反論することが5日、分かった。

シンポジウムは、史実の発信に民間の立場で取り組む「国際歴史論戦研究所」(所長・山下英次大阪市立大名誉教授)が今月24日に開幕する国連人権理事会のサイドイベントとして企画している。元島民の坂本道徳氏(65)がスピーチし、元島民らの証言を集めた動画を上映する。

産経新聞より引用

坂本さんのガイドは、実際に島に住んでいた当時のことをリアルに語られる内容で、軍艦島の当時の生活のお話をたくさんお聞きしました。

「今月末(2019年6月)、私はスイスのジュネーブに行ってきます」

とガイド中のお話にありましたが、徴用工問題については触れていませんでした。

スイスのジュネーブでのシンポジウムの様子は、ニュース番組で報道されることと思います。

まとめ

坂本さんが私達に一番伝えたいことは。

あくまで私の感じた範囲の想像ですが。

「軍艦島の今の姿は、日本の未来になりうる」

ということなのではないかと思いました。

軍艦島から人がいなくなって、たった45年なんですよ。

ちょっと古い民家で築45年って、ご近所にもありますが、古めかしくても住めます。

木造の家だって、古民家として住めるのに、あんなに立派な鉄筋の建物が、崩壊しているのです。

人がいなくなると、見る影もない廃墟になるのです。

人がいなくなるということがどういうことなのか。

人が減っていく日本は?

日本の将来を、ひとりひとりが考えてほしい。

ということかなと。

<坂本道徳さんの著書はこちらです>