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國松孝次 元警察庁長官の今現在-出身校や息子は?警察庁長官までの経歴を調査

 1995年。日本の警察のトップだった國松孝次 元警察庁長官が狙われました。警察の威信をかけて捜査されたと思われるものの、現在もなお未解決事件となっています。

このことは本にもなりましたが、真相はまだ闇の中です。

警察庁長官を撃った男 (新潮文庫)

國松孝次 元警察庁長官の現在、そして、出身校から経歴、また警察庁長官とはどういう立場なのか?現在の仕事をしている理由は?というあたりを調べてみました。

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出身校は? 

静岡県浜松市生まれ

1937年6月28日生まれ 現在81才

静岡県立浜松西高等学校

東京大学法学部第二類

卒業後、警察庁に入庁しました。

 

歴代の警視庁長官のほとんどが

東京大学法学部

です。

家族は?

奥さんは狙撃事件当時 64才だったと言われていますので、

今は87才になられている頃でしょうか。

とても優秀な息子さんがいるという情報がありますが、公表されていないようです。

事件があり、ご家族のことは、あまり表に出さないようにしているのかも知れませんね。


警視庁長官になるまでの経歴は?

ドラマでは、よくキャリアとノンキャリア(踊る大走査線では『現場』とも)の待遇の違いが出てきます。

日本の警察官のトップになるには、キャリアと言われる

国家公務員総合職(以前は国家公務員1種)で入庁するのが近道となりますが

その狭き門のキャリアの中から、警視庁長官になった人の経歴とはどんなものなんでしょうか?

國松孝次 元警察庁長官の経歴をまとめてみました。

入庁後8年で警察署長となり、その後の経歴がこちらです。

  • 警視庁本富士警察署長
  • 警視庁総務部広報課長
  • 警視庁公安部外事第二課長
  • 警察庁警備局外事課付(外務省研修所)
  • 在フランス日本国大使館一等書記官
  • 警察庁警備局公安第一課理事官
  • 内閣官房長官秘書官事務取扱
  • 警視庁警務部参事官兼第一方面本部長
  • 警察庁警備局公安第三課長
  • 警察庁警備局警備課長
  • 大分県警察本部長
  • 警察庁刑事局捜査第二課長
  • 警察庁刑事局刑事企画課長
  • 警察庁警務局人事課長
  • 警視庁公安部長
  • 兵庫県警察本部長
  • 警察庁刑事局長
  • 警察庁次長

これらの経歴のあと、

 

1994年7月

警視庁長官に就任となりました。

1997年 退官

 
警視庁長官とは?

警察庁の庁務を統括する国家公務員であり、警察官であり、
警察庁の長たる警察官です。

警察法における階級制度の適用は受けず

警察官の最高位という地位です。

 

日本の警察官 

約29万人。

その頂点が警視庁長官ということになります。

これを企業にたとえて考えると。

日本を代表する大企業 

パナソニックの従業員数

約27万人

ですから、

いかに大きな組織のトップであるかがうかがえます。

 

警視庁長官の退任後は?

歴代の警視庁長官の退任後の就任先をみてみると。

  • 内閣官房長官
  • 各大臣
  • 警察協会会長
  • 各国大使
  • 大手民間企業顧問
  • 日本道路交通情報センター理事長
  • 日本取引所グループ取締役

などなど。

そうそうたる地位についています。

 

國松孝次さんの現在は?

特殊法人自動車安全運転センター理事長

特命全権大使

を経て

 

2003年7月に
特定非営利活動法人(NPO)

救急ヘリ病院ネットワーク

(HEM-Net)

会長 をされています。

 

ドクターヘリ普及促進懇談会会員名簿にお名前が記載されています。

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救急ヘリ病院ネットワークとは?

ドクターヘリによる救急医療システムの普及促進を目的として非営利で活動している団体で、緊急に医療を必要とする人に対して、主としてヘリコプターを利用した救急医療に関する事業を行い、国民医療の問題解決と救命率向上に寄与することを目的としています。

 

ドクターヘリは救急車のように患者さんを搬送するだけが任務でなく、むしろ医師と看護師の医療スタッフをいち早く救急現場へ送りこむことが重要な役割となっているため、地上の救急医とくらべて救命率は3割以上向上しています。

 

しかし、ドクターヘリにかかる運営費は、1機あたり年間で2億円にもなり、さらなる普及を進めるためにどうするかが、今後のカギとなっています。

國松孝次さんが現在の仕事を続ける理由

それは、1995年の事件で、國松孝次さんが狙撃された時、重症を負った國松孝次さんを治療してくれた医師からの誘いだったからだそうです。

「あの事件がなければ、私は救急ヘリに関わる仕事をすることはなかったでしょう」

と國松さんは言います。

襲撃を受けてから30分で日本医大付属病院に運び込まれ、迅速に手術を受けることができたことで、奇跡的に一命をとりとめた國松孝次さん。

その命を助けてくれた医師からの誘いがあったから、今の仕事をしているのだそうです。

 

國松孝次さんが、2003年7月に理事長就任当時。
まだドクターヘリが全国で11機しかありませんでした。

普及が進まない中、國松孝次さんは法律を定めてもらうためにロビー活動を行いました。

 

その甲斐あって

2007年 「ドクターヘリ特別措置法」

が制定されました。

 ドクターヘリの導入スピードがあがり

2018年3月現在、43機にまで増えました。

 

國松孝次さんは、

会長職を務める現在の仕事を

天命だと思っているそうです。

 

まとめ

國松孝次 元警察庁長官は、東大法学部卒業。

日本の警察官 約29万人のトップである警察庁長官を退任後

現在は、救急ヘリネットワークの会長を天命とし、現在もなお、ドクターヘリの普及に尽力されています。

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